ユーモアのセンスをもっていると人間の矛盾を楽しむようになる
サマセット・モーム
泡坂妻夫 『幸せの書』『亜愛一郎の狼狽』
セヴァン・カリス=スズキ 『あなたが世界を変える日』
まだ読んでいないのです。
セヴァン・カリス=スズキ 『あなたが世界を変える日』
まだ読んでいないのです。
寒さなど特には感じないのだけれど
雪もやさしく降り積もってきれいなのだけれど
どこかで何かが渇きはじめている
ひっそりと
明け方に向かって渇いている
主人公の感情が
希薄になって行く
心など渇くものか
自信など揺らぐものか
そう呟いても
粉をふいた心は
酒さえ遠ざけて
赤茶けた
春を待ちわびる唇を結ぶ
冬はなかなか過ぎ行かず
ただ思う
怒れる日は
悲しめる日は
今日ほどに
渇いてはいなかったのだと
雪もやさしく降り積もってきれいなのだけれど
どこかで何かが渇きはじめている
ひっそりと
明け方に向かって渇いている
主人公の感情が
希薄になって行く
心など渇くものか
自信など揺らぐものか
そう呟いても
粉をふいた心は
酒さえ遠ざけて
赤茶けた
春を待ちわびる唇を結ぶ
冬はなかなか過ぎ行かず
ただ思う
怒れる日は
悲しめる日は
今日ほどに
渇いてはいなかったのだと
ブログとはなんだろう。
しばらくブログを休んでいて、久しぶりに書こうとおもうと、そんなことをあらためて考える。
書くことは考えること。
考えることの元の意味は、対象に立ち向かうこと。(かむかう)
日々の暮らしに考えること。毎日考えること。いつも立ち向かうこと。
それを忘れずにいようとおもう。
何かを少しずつでも毎日続けること。
本当に大事なことだとおもう。
今日をあらたな始まりにしてみよう。
しばらくブログを休んでいて、久しぶりに書こうとおもうと、そんなことをあらためて考える。
書くことは考えること。
考えることの元の意味は、対象に立ち向かうこと。(かむかう)
日々の暮らしに考えること。毎日考えること。いつも立ち向かうこと。
それを忘れずにいようとおもう。
何かを少しずつでも毎日続けること。
本当に大事なことだとおもう。
今日をあらたな始まりにしてみよう。
子供を見ていると、うらやましいと思うときが多々ある。
たとえば、
『いいことかんがえた!』というとき。
「いいこと」の中身を聞いてみると、たいていたいしたことではないのだが、その瞬間の瞳の輝きが美しいのだ。
いつ人はあのきらめきを忘れるのだろう。
たとえば、
『いいことかんがえた!』というとき。
「いいこと」の中身を聞いてみると、たいていたいしたことではないのだが、その瞬間の瞳の輝きが美しいのだ。
いつ人はあのきらめきを忘れるのだろう。
ドラえもんをみるたびに
思い出そう
ドラえもんの声が
のび太の口が
すっかり変わってしまったことを
ドラえもんをみるたびに
思い出そう
タバコの値段が
こんなにも
高くはなかった時代を
ドラえもんをみるたびに
思い出そう
家族みんなで楽しめたテレビ番組を
たいした事を言っていなくても
強調されてしまうテロップなどなかった時代を
笑うところぐらい親切に教えてもらわなくても
わかるのだから
思い出そう
ドラえもんの声が
のび太の口が
すっかり変わってしまったことを
ドラえもんをみるたびに
思い出そう
タバコの値段が
こんなにも
高くはなかった時代を
ドラえもんをみるたびに
思い出そう
家族みんなで楽しめたテレビ番組を
たいした事を言っていなくても
強調されてしまうテロップなどなかった時代を
笑うところぐらい親切に教えてもらわなくても
わかるのだから
アンドレア・ボチェッリ(世界一のテノール歌手)がスタンダードナンバーを歌うのを聴いた。
なんて温かい声なのだろうとあらためて思う。巨人阪神戦と時間が重なったのと、少しばかり酔っていて、きちんと聴けなかったのが悔やまれる。
なんて温かい声なのだろうとあらためて思う。巨人阪神戦と時間が重なったのと、少しばかり酔っていて、きちんと聴けなかったのが悔やまれる。
三笠の桂沢湖からすぐ近くの遊園地。
ゴーカートが思いのほか距離が長く、楽しかった。すべり台もかなり大きい。
栗拾いというものをはじめてした。
まだ落ちている栗が少なかったので、栗叩きといったところ。ビニール傘の柄で引っ掛けたり叩いたり。
他の親子は野球のボールをぶつけて栗を落としていた。
本気でやればダンボール一箱くらいはすぐ集まりそうだが、指が痛いのでほどほどに。
穏やかな日、栗御飯はうまくできるだろうか。
ゴーカートが思いのほか距離が長く、楽しかった。すべり台もかなり大きい。
栗拾いというものをはじめてした。
まだ落ちている栗が少なかったので、栗叩きといったところ。ビニール傘の柄で引っ掛けたり叩いたり。
他の親子は野球のボールをぶつけて栗を落としていた。
本気でやればダンボール一箱くらいはすぐ集まりそうだが、指が痛いのでほどほどに。
穏やかな日、栗御飯はうまくできるだろうか。
世の中に
無駄なものはないと
近頃よく聞く
自分がそういう年になったということか
それとも時代なのか
どんな辛いことも
腹の立つことも
恥ずかしい失敗も
後から何かの役に立つんだと
頭ではわかる
そうなんだろうなと思う
まだ実感はあまりないが
年を重ねる楽しみは
そこにあるのかなと思う
長生きをして
微笑ましいお年寄りに
じっくり話を聞く日は昨日だった
無駄なものはないと
近頃よく聞く
自分がそういう年になったということか
それとも時代なのか
どんな辛いことも
腹の立つことも
恥ずかしい失敗も
後から何かの役に立つんだと
頭ではわかる
そうなんだろうなと思う
まだ実感はあまりないが
年を重ねる楽しみは
そこにあるのかなと思う
長生きをして
微笑ましいお年寄りに
じっくり話を聞く日は昨日だった
小樽ワインギャラリーのある、スキーの林間コースを思わせる連続カーブの中ほどに、毛無山展望所がある。
とても穏やかな日で、見下ろす海面はさざなみも見えないほど。
夕焼けに染まる前のひととき透明感のある空と海の境目が、溶け込みそうでかろうじて一筋の境を保っていた。
美しい景色を前に、あの人がいてくれればとは珍しく思わなかった。
とても穏やかな日で、見下ろす海面はさざなみも見えないほど。
夕焼けに染まる前のひととき透明感のある空と海の境目が、溶け込みそうでかろうじて一筋の境を保っていた。
美しい景色を前に、あの人がいてくれればとは珍しく思わなかった。
恵庭湖周辺の道は、函館から江差へ向かう道にどことなく雰囲気が似ていて、果てしなく遠くへ旅をしている錯覚に陥るほどであった。実際は片道一時間足らずの道のりなのだが。
橋から間近にある滝、見下ろす大きく白く広がる滝。
滝の音が穏やかに響く。
義経伝説がなくとも、十分に神秘的であった。
もうすぐ紅葉を迎える。また訪れたいものだ。
橋から間近にある滝、見下ろす大きく白く広がる滝。
滝の音が穏やかに響く。
義経伝説がなくとも、十分に神秘的であった。
もうすぐ紅葉を迎える。また訪れたいものだ。




